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軍事研究第15回目:シビリアンコントロールに関する事案

田母神元空幕長の出した論文が問題になったのはちょっと前くらいだ。その際「シビリアンコントロールの無視」と酷評された。果たしてその通りか?シビリアンコントロールを理解しているのか?と問いたくなるのである

空幕長としてあの様な論文を出したのは「自衛官(軍人)として」は非常に良くなかったと私は思う

何故なら軍隊(自衛隊)は「国家の暴力装置」以外の何者でもない。軍隊とは国家の武器である

シビリアンコントロールはHELLSING風に言えば

「銃は私(軍隊)が構えよう、AMMO(弾丸=軍事力)をマガジン(弾倉=戦争準備)に入れ、セーフティー(安全装置=攻撃態勢)も私が外そう。だが、殺す(撃つ=戦争を始める)のはお前(民衆が選んだ政治家)の殺意(国家の総意)だ」


と言う事だ。軍隊は「国家の走狗」に過ぎない。首輪(文民が軍人を抑えておく事)さえ確りしておけば、暴走する事も無いのだ

前の大戦において、大日本帝国は軍人が「政治」を握ってしまったからこそああなった。(満州事変なんかも政治が止められるほど力が無く、結局軍に掌握された。因みに太平洋戦争は日中戦争での打開の為に開かれた戦争でもある。日本はアメリカに逆らわねば、いつかは名実共に植民地化されていたかもしれない)

つまり飼い主も居ない、強力な「狼」となったのだ

それを反省として「自衛隊」として軍を再編し強固な首輪(シビリアンコントロール)をかける事にしたのが現状に至っている

しかし、シビリアンコントロールとは「軍人は政治を知り、文民は軍事を知らなければ決して成り立たない」モノである。

その点では過去の反省をまったくと言って良いほど生かしきれてない

勿論だが「軍事は政治に従属する」という考え方は正しい。何故かといえば、外交・政治目的を実現する手段のひとつとして軍事力の行使(戦争行動)がある。国家間戦争は「両国の外交や政治の行く末の中での選択肢」に過ぎない(人道や経済面はおいといて)


例えばアメリカでは、大統領(最高指揮官)を軍事的な面で補佐する統合参謀本部議長というポストがある

しかし、日本の統合幕僚長は「防衛大臣」を補佐するのであって、最高指揮官を補佐しているのではない

つまり防衛大臣や総理大臣が軍事に疎ければ、軍事力の行使という政治・外交面での政策において自分で勝手に解釈して曲解させられる可能性が高い

各幕僚長が

「弾道ミサイル迎撃は難しいかもしれない」(訳:出来ない事は無いけど、まだ完璧な実働体制じゃないのが多いから難しいかもしれない)

と言っていたのを聞いたであろう政府高官が

「ピストルの弾をパーンと撃ってピストルの弾に当てるのは難しい。MDなんて当たるわけが無い」(訳:MDなんて100%当たらないだろ)

と無責任発言するほど軍事音痴だ。これまでの米軍と自衛隊がやって来た試験内容にまったく目を通していないばかりか、どれ程技術的に難しいかすらまったく理解していない。(銃弾を銃弾で落とす方がはるかに楽だ。言うなれば発砲された「銃弾」に弓から放った「矢」を当てるような物なのだから)第一そんな事を言うならば予算を正面装備に回せと言いたい

さらにソマリア海族事案への陸・海・空自衛隊派遣や給油活動・PKO等、自衛隊は政治家達にとって「魔法の杖」の様な扱われ方をされて来た

これで自衛隊高級将官に「不満を持つな」なんて言うのは論外である。海外派遣任務が正規任務に格上げされたならば、予算・人員を増やしたりして、一人当たりの労力を減らす等の見返りをあげるのが妥当だろう

現実は、自衛隊にとって苦しくなる一方だ。彼等は「日本国を護り」ながら「政治家の言う事は絶対だ、我が党(与党)の為に頑張ってくれ給え」と言われながら、予算は削り、人員を削減して、「此処まで税金の節約が出来ました!」と国民に言い散らかしているのだ。非常に困ったモノである

自衛隊は呪文を唱えれば何でも出来る「魔法の杖」ではなく、欧米から見れば給与の少ない国家公務員の一つだ(欧米と日本の国家公務員の実働時間数と給与の比率は日本の公務員の給与が少ない)さらに、その任務の性質上、警察・消防は「国民」の為に、外交官・自衛隊は万が一の時は「日本国」の為に命を投げ出す事が要求されるハイリスクな職業でもある。しかも、未だに一部の人間には叩かれ続けている

で、それに見合った恩恵はあるか?と言えば、限り無くNOに近い

もし、今後もこの様な事態が続くのであれば、「田母神クーデター」は繰り返されるだろう

因みに田母神氏は現在「執筆」と言う強力なウェポンを持って、他の著名な元自衛隊高級将官らととも友好を深め民間人としても大きな力を持っている。

私は田母神氏以下著名な元高級階級の自衛官達には、「自衛官」という足枷が外れたのだから、どんどん「自衛官」としての目線から見た国益に適ったモノに関する発言をして頂きたい

最後に、シビリアンコントロール:文民統制とは最終的に「国民」に責任が降りかかる。何故なら、国会議員は当然だが、総理大臣はその国家議員から選ばれている。そして総理大臣が国務大臣を選んでいるのだ。つまり、最終的責任は全て「国民」に降りかかると言っても過言ではない。

もし、選挙で国家の事を本当に思うならば、本当にこれで良いのか?本当に自分達にとってのプラスになるのか?と考え抜いた上で投票して頂きたい。日本国民あっての日本国であり、日本国あっての日本国民だ。国民にプラスになるのであれば多くは国益に適っている筈である

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